東京高等裁判所 昭和32年(ラ)610号 決定 1958年5月19日
抗告人 賀山貞三
相手方 賀山アキ
主文
原審判主文第二項を次のように変更する。
抗告人は相手方に対し、昭和三三年五月から同居するまで毎月末日金五千円を支払え。
理由
本件抗告の理由は、別紙「抗告の理由」に記載のとおりである。
抗告人と相手方は夫婦であり、互いに同居の義務あることは、原審判説示のとおりであるので、ここにこれを引用する。
同居までの協力扶助の点につきしらべると、当審における抗告人の審問及び一件記録によれば、つぎのことが認められる。
相手方賀山アキ(五〇歳)は、昭和二八年一〇月○○日、一年八ヵ月の療養を終えて、精神病院を退院し一時、間中二郎と同棲したこともあつたが、現在は独身で生活している。もと教職(○○○○女子専門学校卒業後、広島県立○○高女で約八年間裁縫科担当)についたこともあるが今ではその望みもなく、家政婦に雇われたりして生活を営んでいる。別に親類等から援助を得られる見込もない。
抗告人は、五二歳で、○○大学医学科専門部卒業後満洲で開業医をしていたが、終戦後引揚げ昭和三一年八月からは○○市で内科小児科医を開業している、昭和三二年八月頃は、月収五万円位あつたが、次第に患者が少くなり、目下のところ月収三万五千円位である。無論薬品代その他の経費もかかるので、純益は更に少い。
抗告人の家族は、同人の事実上の妻である山田鈴子、二人の間に出生した秀子(昭和三〇年一一月○○日生)と抗告人と相手方との間に生れた克彦が同居し、同人は工業高等学校へ通学して居る。外に抗告人と相手方との間に生れた敏彦は昭和三二年四月から相手方に引取られて同居したが、昭和三三年一月からは母親の下を去り別に間借をして生活し抗告人の仕送を受けている状況である。
抗告人には、殆ど資産はない。現在の居宅、診療所、その敷地は、昭和三一年八月、約百三十万円で新築したものであるが資金の大部分を鈴子の実家に仰いだので、いずれも鈴子の財産になつている。
以上のような双方の経済状態、家族構成を考慮した上当裁判所は夫婦間の協力扶助の方法として、抗告人は相手方に対し、同居に至るまで、昭和三三年五月より毎月末日金五千円を支払うことが相当であると認める。よつてこの点についての原審判を主文の通り変更し、家事審判規則第一九条第二項により主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 角村克己 裁判官 菊池庚子三 裁判官 土肥原光圀)
(別紙)
抗告の理由
一、本件に関しては事実関係の調査が十分に為されて居ないのである、之が為審判の結果に於て不適当なものが生じている、即ち、
(一) 原審判主文第一項の関係に付ては、抗告人と相手方との間に離婚訴訟繋属中であるがその離婚原因とされているものは相手方アキは数年前より今日まで引続き訴外間中二郎なる者と交際を続け約半年間同棲し其の後も右間中の指図により住居を定めて居る等のことであり、之は不貞行為若くは婚姻を継続し難い重大な事由に該当するものと思料されるのであり、更に従前相手方アキは抗告人より離婚を前提とする財産分与を受け之を受領せるに拘らず尚離婚無効の訴を提起し或は抗告人を告訴する等の事実あり到底同居に耐えないのである、右の事実を十分に調査する必要が存するのである。
(二) 主文第二項の関係については抗告人の収入の点につき算定が十分に為されて居ない、原審判は収入金額を全部純収益と混同している。月の総収入約五万円の内から右収入を得る為に必要な経費を考慮していないのである。最も厳重にみても必要経費は総収入額の三割程度を必要とするのであることを考慮すべきである。又本年六月に一万五千円七月に一万円と特別の支出が為されたが之は漫然一般生活費に使われたのでなく特に必要が生じた為(弐男を相手方と同居せしめた為臨時的に蚊帳布団の購入の為)に特に支出したものである、右の事実を調査すれば自ら主文第二項とは異る結果を生ずるものと思料されるのである。
二、(略)
参照 (原審判)
主文
一、相手方は申立人と同居しなければならない。
二、相手方は申立人に対し昭和三十二年九月より同居するに至る迄の間婚姻より生ずる費用の分担として一ヵ月金壱万円
(但し従来契約に基き申立人に支払われている金七千円を含む)を各月の末日限り申立人に支払う事。
理由
申立人が同居請求の審判を求めるについて、当裁判所が調査するに申立人及び相手方本人の審問並に当裁判所調査官の調査書及び申立書添付の戸籍謄本によれば申立人は相手方と昭和拾四年○月○○日婚姻入籍し弐男敏彦、参男克彦を儲け夫婦生活を維持して来たが相手方は申立人が精神分裂症のため○○市○○病院において入院加療中である昭和弐拾七年○○月○○日申立人に無断で○○市長に協議離婚の届出を為し同日受理されたので相手方は昭和弐拾八年○月○○日山田鈴子と再婚し長女秀子を儲けた、然るところ申立人は前記病の恢復によつて相手方との協議離婚の届出及び再婚の事実を知るに及び申立人は昭和三十年六月○○日静岡地方裁判所浜松支部に右離婚の無効に付いて訴を提起したところ昭和三十一年十一月二十四日申立人勝訴の判決がありこれに対し相手方が東京高等裁判所に控訴したが控訴棄却の判決があり同年十二月二十五日その確定により申立人は右確定判決に基いて同年十二月○○日前記市長に離婚の取消の届出を為し同日申立人は再び相手方の戸籍に入籍した。そこで申立人は相手方と山田鈴子との婚姻取消の訴を該裁判所に提起したが右裁判は申立人の勝訴となりそこで申立人は相手方と山田鈴子との婚姻取消の届出を為し山田鈴子は復籍し除籍された。しかるに相手方は依然として山田鈴子と同棲し申立人の非行を非難し同居を拒み続けている事情が認められる。
したがつて右事実からすれば事実上夫婦分れをし相手方が現に離婚原因があるとして離婚の訴を提起し現にその訴訟が係属中であつても該離婚の確定又は協議離婚のなされない限り婚姻関係の解消とならないから民法第七五二条にいわゆる夫婦同居の義務があり申立人の本件同居請求は相当と認めることが出来る。
よつて申立人の審問並に調査官の調査報告書に基いて前条による夫婦の協力扶助及び民法第七六〇条による夫婦はその資産、収入その他一切の事情を考慮して婚姻から生ずる費用を分担するとあるから本件に関しその点を考察するに相手方は現住所に於いて医師を開業しその生活状態は月収約五万円に対して支出は借財の返済準備金として一ヵ月壱万五千円生活費として一ヵ月弐万円と山田秀子の医療費が一ヵ月約四、五千円合計約四万円となりその他医療費等の維持費を勘案すれば申立人に対し生活費等として本年六月に壱万五千円同七月に壱万円、同八月中に七千円を支払つていること並に以後毎月七千円を支払うという契約がなされていることは相手方としてその負担は容易でないと思料するものであるがそれに引替えて申立人は弐男(○○○高等学校三年生在学中)と二人で現住所に生活しその生計費が一ヵ月合計約壱万弐千円と述べていることからすればその維持費は相手方より前記三ヵ月間の一ヵ月平均受領額は約壱万円となり差引不足額は約弐千円となりその不足分は申立人の働き又は他からの援助等によつて維持しているものと認められる。
よつて当裁判所は双方の諸般の事情を判断すれば相手方は申立人に対し申立人の生活費及び監護教育している弐男敏彦の生活費養育費等に充てるため前記双方の契約による金七千円を含めて合計金壱万円の支払能力があると看做しその支払をなすべきを相当と認め、主文の通り審判する。